ご先祖様が大切に守ってきたものを手放した時

母方の祖父母はとても長生きで、二人とも80代まで元気で病気らしい病気もしたことのないような人たちでした。
自営業ということもあり、そろばんをはじいてはその日の売り上げを一行ずつ几帳面に時間をかけて記帳していく祖父と熨斗紙にきれいな字で名前を書いていく祖母でした。
築120年の店舗兼住宅で酒屋を営む二人は、幼い私をいつも温かく迎え入れてくれました。
車で30分の距離にある祖父母の家に遊びに行くと、祖父はいつもどの位おおきくなったかなと言って、一番最初に抱き上げてくれるのが常でした。
広くて古い家は、子供にとって冒険してもしつくせない絶好の場所です。
よくお店の入り口から汲み取り式のトイレがある裏口まで一直線に走り回ったものです。
優しい祖母は、お店のジュースをこっそり飲ませてくれました。
午後二時になると真っ青な空に白い雲がぐんぐんと動き始め、それを追いかけるように走っていくのがとても楽しく、わくわくするような日々でした。
家も街も決して新しくてきれいに整っているわけではないけれど、それは古くから人々が生活してきた証であり決して作為的にできるものではありません。
静かで落ち着いていてゆっくりと時間が流れるようなあの街や祖父母の家が大好きでした。
ところが、私が社会人になる頃には、祖父の体調が崩れることが多くなってきました。
一番近くに住んでいる母のもとには、頻繁に祖母から電話が掛かってくるようになり、あまり詳しい話を聞いている暇もなく、祖父は入院して間もなく亡くなりました。
お通夜・葬儀とセレモニーホールの方にお願いして万事つつがなく執り行うことが出来ました。
しかし、ここから予想外のことが起き始めました。
相続です。
相続人は祖母・娘二人なのですが、県外に暮らす叔母の連れ合いが急に口を挟み始めたのです。
広い家に年老いた祖母一人を住まわすことを不安に思っていた母は、思い切って建物を壊して土地を売り、祖母を施設に住まわせることを提案しました。
ところが、その叔父が根拠のない理由をつけて相続の手続きを邪魔してばかりいるのです。
そればかりか、叔父の実家の兄弟を連れてきて勝手に金目のものはないかと家探しをする始末です。
これには母も黙っていられず、ずいぶんと揉めました。
結局10年の時を経て、施設に入所した祖母も亡くなり、相続は子どもである叔母と母の二人が受け継ぎ半分に分けました。
詳細を母から聞いていた私は、叔父を憎む気持ちもなくはないのですが、それよりもご先祖様が一から築いた家を取り壊し、土地も売り払ってしまったことをとても申し訳なく思いました。
後から聞いた話ですが、ご先祖様は他の酒屋の丁稚奉公から始めて一生懸命に働き、自分のお店を開いたのだそうです。
そして、嫁いできた祖母は懸命に店と家庭を守ることに一生を捧げ、介護・育児・稼業と働き続けました。
里帰り出産した私を産湯に入れてくれたのも祖母でした。
結局何もできなかった私ですが、今は敷地の裏にあるお墓へ祖父の好きだったアンパンと祖母の好きだったアイスコーヒーを持って、手を合わせに行っています。

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